脱線することを歓迎すれば会話は盛り上がり続けるんじゃないか

わたしは昔から1つのテーマについて誰かと話しているとき、脱線して別のことをペラペラと話しはじめることがよくあるらしい。

このことについてあまり自覚がなかったが、そういうふうに指摘され続けていよいよ意識するようになった。

例えば音楽の話をしていたと思えば、いつのまにか映画の話をしていて、映画の中に家族で夜ご飯を食べるシーンがあったから、そこのインテリアの話をはじめて、壁紙がイカすのでその模様の話をはじめて、最終的には色味の話になる。

ひととおり喋った後で、「そういえばなんの話してたっけ?」とよく相手に質問を。

「あー…音楽の話だったよ笑」

そうしたらまた音楽の話に戻ってきて、マイケルジャクソンの楽曲の話になったと思ったら、いつのまにかマイケルのつけてるサングラスの話になり、サングラスってツリ目型とタレ目型があるよねと言い始め、最終的にはサングラスをつける心理ってなんだろうね?恥ずかしがってんのかな?という話に。。。

いつもいつでもこんな話し方をしてるわけではないんだけど、思い返すと人と話すときはこういう流れが多いなと。

聞いてみると、ほとんどの人がわたしの話の脱線を気にしてないみたい。たまにすこしだけイヤな顔をする人がいる。たぶん彼らからすると
「コロコロと話題がかわってせわしない・・。」という感じなのかな。

たとえそう思われていたとしても、わたしは自分の脱線に対してほとんど罪悪感を抱くことはない。なぜなら話の脱線は会話のエッセンスだと思っているから。

よく聞く話だけど、雑談やおしゃべりには「ここに達すれば終わりだ!」というゴールはない。いちいち1つの話題に固執するほうが会話が行き詰まってつまらない時間になってしまう。

あるテーマについてこれ以上話さなくていいなと思ったら、さっさとその話題を捨て去って、なんとなく思いついたことや目に入ってきた何か、例えば相手の身につけている小物の話をするなど、楽な気分で会話を続ける方がいいと思ってる。もちろん、深く話したい内容であれば脱線を一度とめて、1テーマを掘り下げていけばいい。

たわいのない話にわざわざ意味を求める必要はなく、またそれと同じように、いわゆる「オチ」を無理にひねり出す必要はないと思う。着地点を決めて話すとがちがちに縛られてしまって会話を楽しめなくなってしまうから、お互い気持ちよく会話をするためにそうしたほうがいいんじゃないかなぁ、と。

おわり

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