フォーカス。写真と踊り。ボケ。

あるきっかけがあり、ダンスで長期間ヨーロッパをツアーすることになった。私の嫌いなバックダンサーでなく、個を存分に活かしたメインの踊り手としてである。地名はわからないが今もフランスのどこかのホテルにいる。

ツアーにいくついでにカメラを買った。

大きいのは持ち運びがめんどうで肩が凝るから、軽くていいやつ。カメラの良し悪しなんてわかりゃしないんだけど、売り場で触っていいと思ったやつをすぐ買った。

身近なカメラ野郎たちの間では、どうやら細かい設定を全部機械に任せるんじゃなく、手動でやるのが楽しいらしい。設定がいろいろあってややこしい。これまためんどうだ。

言うこと聞かずにとりあえず全部オート。機械任せでシャッター押すだけ。

楽々どうしようもない写真が撮れる。

いくらか撮ると、同じ場所で同じ人間を撮ることにも、機械まかせで楽々撮ることにも飽きて、いよいよISO感度やら、シャッタースピードやら、F値やらを手動で設定し始める。

明るくなりすぎたり、暗くて写真が見えなかったり、ブレたり。

チクショウと思いながらも毎日、目でみて美しいと思った光景を切り抜く。

カメラに少し馴染んで、当たり前の設定がある程度できるようになったところで、フォーカスも手でやるようにしてみる。

するとピントが合わない。ああ、これまたどうしようもない写真だろうと思いながらも数枚見てみると、案外悪くない。そういえば身近なカメラ野郎たちも、ピントなんて合っちゃいないがいい写真を撮ってたきがする。

何事においても、輪郭をはっきりさせることが重視されているように思う。はっきり物事を言えとか、写真は被写体にピントを合わせなさいとか、曖昧な踊りをするなとか。

でもそれには限界があるってハッキリとわかってるから、踊るときに目の焦点をズラして、ぼやけた世界を作ることがある。

緊張してるなぁ、集中してないなぁ、入り込めてないなぁなんて思うとだいたいそう。今くっきりした世界を目でみる必要がないと思った時なんかも。もちろん自然とそうなってることもある。

そうすると輪郭の曖昧さを許せるようになり、また豊かな表現をはじめられる。やりすぎると、スライムみたいになっちゃうんだけど。

カチカチの踊りにはもう飽きたし、カチカチに固まって何かやってる人をみるのも飽きている。

ただ一つ、ぼやけた世界を作るのはいいけれど、ものすごくわざとらしくなるとかっこ悪いんだよね。たぶん写真も。

自然な流れで、あたかも偶然起こった感じであっちにいけるといいよね。

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